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水電解    2015(#09)


理化学研究所は、太陽電池と水電解をシステムとして開発/評価し、全体のエネルギー変換効率 15.3% を達成したと発表した(*1)。太陽電池のPmax動作電圧と、水電解セルの印加電圧との組み合わせ直列数を最適化しロスを低減した。
研究開発段階にあるものも含めて、水電解技術は、電解質によって、アルカリ水電解、固体高分子形水電解、高温水電解に大別される。アルカリ水電解は低コストで70-90%(高発熱量)の効率を発揮し、ヨーロッパで実用化されている。固体高分子形水電解は純水が使え効率も更に高くできる可能性はあるが白金族材料などのコスト負担が大きい。
太陽エネルギーからの水素製造には、よりスマートな光触媒を用いた人工光合成などもあるが、こちらは実験室レベルでもエネルギー変換効率は 2-3% にとどまっている。






(*1) 水電解では、ギブスエネルギー変化 237.2kJ/mol、または仕事を含んだエンタルピー変化 285.8kJ/mol に相当するエネルギーを外から加えなければならない(*2)。(実際に「効率」としてどちらを指標としているかについては注意が必要である。) これら2つの数値の差は外界との受動的な受け渡しが期待できるエネルギーであって、電気エネルギーとして最低限必要なのはギブスエネルギー変化分である。エネルギー 237.2kJ/mol を電荷量×印加電圧で与えるということは、このうち電荷量は生成された水素の量に比例することから(水1モルの電気分解に使われる電子2モルの電荷量=192970クーロン)、237.2/192.97=1.229V が理論印加電圧ということになる。実際に必要な印加電圧は水電解セル内におけるいくつかのロスによって理論印加電圧より大きくならざるをえず、この電圧の比は、水電解の「仕事を無視した」効率を表している。

(*2) 水素の燃焼はこの逆に酸素と結合して元の水になる反応であり、燃焼によって作られる熱量も同じ値となる(水の蒸発潜熱を含めず水蒸気のままなら低発熱量:ギブスエネルギー変化、水に戻せば高発熱量:エンタルピー変化)。したがって水電解で作られた水素を燃焼させて1サイクルを経たときのエネルギー効率は、水電解の効率そのものと言える。



ギブスエネルギー変化:低発熱量:237.2kJ/mol(1.229V)=119MJ/kg=28500kcal/kg (石油12月渡し)
エンタルピー変化:高発熱量:285.8kJ/mol(1.481V)=143MJ/kg
電気素量:1.602e-19C
アボガドロ数:6.022e23
1cal:4.18J

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液晶性有機半導体    2015(#08)


東工大は、液晶(*1)を前駆体として結晶薄膜とした高耐熱の有機半導体(*2)を開発し、より実用に近いボトムゲートボトムコンタクト型のトランジスタを作製した。10cm2/Vsを超える移動度を示す。結晶相とアイソトロピック相との間の温度でスメクティックA/E相が発現することで、200℃まで耐えることができる。

この研究は、
・科学技術振興機構(JST)
・戦略的創造研究推進事業(CREST)
「ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創製プログラム」
により実施された。






*1) 液晶は、結晶のような分子配向と液体の様な流動性を併せ持つユニークな物質として、現在では広くディスプレーに利用されている。電気伝導体としても、従来イオン伝導性と考えられてきた物性が実際には高速の電子伝導性をも示すことが1990年代より報告されはじめた。21世紀に入ってすぐ、主に米国、ドイツ、日本のグループが、この電子伝導性の解析や理論の構築を組織的に進めるようになり、液晶性有機半導体の研究開発が本格的に始まった。

*2) 有機半導体材料は、低分子系材料(*3)と高分子系材料(*4)に大別される。発表のような低分子系材料では、実験室レベルでは高品質の結晶を得られるものの、均一で大面積の結晶薄膜を形成することは難しく、耐熱性も低いとされる。一方で高分子系材料は、均一性や耐熱性に優れる半面、200℃以上の高温処理を行わなければ高い移動度を得られず、材料の合成や精製(分子量のコントロール)に必要なコストが比較的高い。これらの特徴は、長い間、それぞれ大まかにはトレードオフの関係にあった。

*3) 低分子系材料
ルブレン、テトラセン、ペンタセン、(xアセン)、ペリレンジイミド(PTCDI)、テトラシアノキノジメタン(TCNQ)など。いずれもp型伝導で移動度は高く、ペンタセンで1cm2/VSを超え、ルブレンでは50cm2/VSとも言われる。但し例えばペンタセンは可溶性に乏しく、主な成膜方法は真空蒸着。大気中で酸化される。

*4) 高分子系材料
ポリチオフェン、特にポリ3ヘキシルチオフェン(P3HT)や、ポリフルオレン、ポリジアセチレン、ポリ-パラフェニレンビニレン(PPV)など。アモルファスでは0.01cm2/VSが移動度の限界とされており、結晶でもP3HTで0.1cm2/VS程度であったが、最近、n型へのアプローチとして用いられた高分子系で、3cm2/VSを超えるものが報告されている。  有機TFT(1)

*5) 有機半導体は本質的にはドーピングされていない真性半導体であり、LUMOに電子を注入するか/HOMOに正孔を注入するかによって、それぞれ、nチャネル/pチャネルFETとして使い分けることになる。


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有機TFT(2)    2015(#04)


"有機TFT(1)" より続く

アモルファスシリコンや低温ポリシリコンの大面積製造装置は、Si半導体のものとは違い、市場からの圧力やコストがドライブする世代交代(Si半導体では微細化/アモルファスシリコンでは大面積化)の必然性にそもそも乏しく、この10年それはいよいよ鈍ってきている。最大の市場(つまり製造現場)である東アジアにおいては、装置群の定期的な入れ替えやイノベーションはもはや必要とされず、さらに熾烈な競争に破れ退く工場からの中古装置が大量に出回り、技術/産業両面での成熟が装置価格の一方的な低下を招いているのである。これにつれてその親市場も、「独占的競争市場」から「企業組織型競争市場」へと主戦場を移し、したがって戦略はすでに、RBVなど技術資源志向からSCPに代表されるポジションオリエンテッドな考え方に変わってしまったと言えるだろう。この戦場にはこれまで、SED、強誘電、OLEDといった強者が挙ってエントリーしてきたが、今はいずれも矢尽き刀折れ、ただ老人の記憶にその残滓を認めるばかりとなっている。



先のJAPERA発表  有機TFT(1)  を読んでいると、次の一文がある。

可撓性ディスプレイや圧力センサーなどの駆動基板を想定し、設備コストの低減、少量多品種生産へのアプローチと位置づける。

一見、くすんで見えるいかにも弱々しいビジョンだが、「設備コストの低減」を除けば、これは現段階の有機TFTが産業としてテーブルに載るべき位置を意外と正しく指し示している。大型ディスプレイの置き換えや製造環境負荷対策などではなく(グリーンxxxなどとは青年の主張かよと突っ込みたくなる)、プロセスの一部を肩代わりして製造ラインに柔軟性を与えること、ダイナミックに曲げることによって規模は小さくても別のアプリケーションが生まれること、実はまだよくわからないということ、このようなビューは、意思も内容も無い作文に長く倦んできた私達市民にとってみれば、むしろ好ましく受け取ることができるのである。

ここからは余談だが、一方でその「意思も内容も無い作文」もまだまだしぶとく、簡単に死んだりはしない。、実際同じレジストリにも(上とは別のグループによるものが)見つかった。こちらは全く別の主旨で作られており、他の作文からプチッと持ってこられたコピペである。見通しや真偽ばかりか、そこに在る妥当性までもが完全に無視され、どの単語からも魂はすっかりと抜け落ち、たとえば以下に抜き出すそのお題目などからは、これを進める機構と行政の構造的な問題までもが浮かび上がって見えるほどだ。
 ..と、こんな指摘をすること自体今ではもう恥ずかしいのだが、いや、ヒマつぶしに心の中でその一語一語に突っ込みを入れてみたりすると、これは正直お笑いのリズムとしてなら楽しくなくはない。

<目標>
・省エネルギー・低炭素社会の実現
・環境負荷の低減
・電子デバイス製品の低コスト化
・関連業界の国際競争力強化
・将来期待される新たな市場の創出や市場拡大
<社会的(国内)ニーズ>
・電子ペーパーや携帯電話など情報機器においては、用途の多様性などから、フレキシブル性や軽量化が求められている。
・社会システム全体での省エネ対策が求められる中、情報機器や電子デバイスの製造プロセスにおいても、真空や高温を駆使して多量のエネルギー資源を消費する既存のデバイス製造からの脱却を図り(後略)
・プリンテッドエレクトロニクス技術の研究開発は、EU、米国以外に韓国や台湾などでも国家レベルで積極的に取り組まれており、海外では既に電子ペーパー等の次世代製品の実用化が視野に入っていることなどから、我が国おいても(後略)
・我が国の材料、印刷装置、デバイス技術の各分野における技術力は世界最高レベルあるものの、(後略)

「次世代プリンテッドエレクトロニクス材料プロセス基盤技術開発事業原簿」より
(NEDO電子材料ナノテクノロジー部)


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有機TFT(1)    2015(#03)


JAPERA(*1)は、A4サイズの樹脂シート上に、ピッチ300μm、線幅20μm、チャネル長10μm、チャネル幅160μmの有機TFTアレーを自動化印刷技術で形成した。樹脂シートを基板として、電極および配線、絶縁層、有機半導体層を全てシート・ツー・シート方式で印刷した。キャリア移動度の平均値は0.1cm2/Vsで、オン/オフ比は10E6(オン電流は1μA)。プロセス最高温度は180℃。可撓性ディスプレイや圧力センサーなどの駆動基板を想定し、設備コストの低減、少量多品種生産へのアプローチと位置づける。(*2)


山形大学と宇部興産は2014年2月、電子移動度が3cm2/Vsを超え、空気中でも安定しているn型有機TFT(*3)を印刷法で作製することに成功したと発表した。


物質材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点と岡山大学は、大気/室温下での印刷プロセス(パターニングは表面の親疎水パターンによる)によって有機TFTを形成。プラスチック基板上で、平均移動度7.9cm2/VSを達成した。電極として用いる金属ナノ粒子インクの焼成において、従来の絶縁性の配位子を用いたインクでは、インクを焼成して金属ナノ粒子を焼結させる必要があったが、配位子として導電性の高い芳香族性分子を用いることによって、焼成することなく金属皮膜を形成した(この薄膜の抵抗率は9e-6Ωcm)。






*1) JAPERA:次世代プリンテッドエレクトロニクス技術研究組合(2011年3月発足)。ソニー、東芝、パナソニック、NEC、リコー、富士フイルム、コニカミノルタ、凸版印刷、大日本印刷など計27社が構成する技術組合。

*2) 有機半導体は、電子移動度や閾値電圧といった性能面では無論シリコンに遠く及ばない。一方、感光体ドラムが既に実用化され、次の展望を「大面積に分散したトランジスタ」に絞ると具合よく使えるアプリケーションがいくつか浮かび上がってくるというストーリーは、四半世紀前のカルコゲンやアモルファスシリコンと当然に似ている。が、現在のディスプレイ産業においてアモルファスシリコンや低温ポリシリコンに立ち向かいこれを置き換えようとするものではない。

*3) n型伝導(*4)を示す構成はp型(*5)に対して出遅れ、材料としては、C60、ナフタレン/ペリレンジイミド、また電極の仕事関数を小さくすることなどで特性向上の試みがなされていたが、この報告はそれらとは異なる流れの上にある。

*4) 材料が電子と正孔どちらを吐き出し易いか(アニオン/カチオンどちらになり易いか)と共に、電極とのエネルギーの差がこれらのことに大きな影響を与える。いずれにとっても電子親和力とイオン化エネルギーは、これらの考え方において基盤となる物性である。

*5) p型伝導を示す構成が可能な材料としては、ペンタセンやナフタセンなど、その縮合芳香環を保ったまま大気安定性を確保するため、内部にBTBT(ベンゾチエノベンゾチオフェン)構造を取りこんだDNTT(ジナフトチエノチオフェン)やDATT(ジアントラチエノチオフェン)などのチオノアセン、これらがその代表といえる。

→ "有機TFT(2)" に続く


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石油12月渡し    2014(#23)


6月から下落を続けていたテキサス軽質油(WTI)の12月渡し価格が、一時75.84ドル/バレルまで下がった。これは2011年10月以来、3年ぶりの安値である。シェール革命による米国原油生産の増加と中国の景気低迷による需要伸び悩みを材料とした「供給過多警戒」の長期的な流れに加え、ドル建てドル高による海外から見ての割高感がこれを後押しした、などと報じられた。

ちなみに、日本国内での1Lあたり取引価格は以下のとおり。

<東京商品取引所先物(限月14年12月)CIF>
・ガソリン/灯油/軽油:73/75/73円
・原油が59円
<資源エネルギー庁調査:14年9月卸売り価格(関東局)>
・ガソリン143円(ガソリン税53.8円込)
・灯油88円
・軽油88円(軽油引取税32.1円含まず)
<他、産業用売渡し価格>
・産業用軽油120円(軽油引取税32.1円含む)
・産業用A重油88円
・C重油紙パルプ価格75円
・ナフサ72円

この東京商品取引所先物価格は、重質で硫黄分の多いオマーン/ドバイ原油のものである。

東日本大震災による一過性のうねりを除けば、日本国内でC重油の需要は減少、中国/東南アジアで石油化学製品の需要は増加、という長く大きな流れはまったく変わっていない。実際石油元売り各社では、残留重質油から石油化学製品を増産する向きのオペレーションがかねてから行われてきており、したがってFCC(*1)への要求は、すでに従来のガソリン収率一辺倒から転じ、プロピレンなど基礎化学品原料の収率へと移っていた。






*1)
残留分である重質油を低沸点の軽質油に転化する分解法は、現在では従来の熱分解法に代わって、流動床を用いて触媒による分解反応を選択的に行わせるFCC(Fluid Catalytic Cracking:流動接触分解)法が広く使用されている。FCCにおける収率は、分解率65~80%、分解ガソリン収率40~70vol%、分解軽油収率15~45vol%程度と言われている。転化された軽質油にはオレフィンや芳香族が多く含まれ着火性が低下、したがって分解ガソリンのオクタン価は高く、分解軽油のセタン価(*4)は向上剤が必要な程度に低くなる。

*2)
軽質--------------------
LPガス
ガソリン(ナフサ+FCC)
灯油(ケロシン)
(特)3号軽油
 |
(特)1号軽油
A重油
B/C重油
アスファルト
重質--------------------

*3)
水素とアルカン(パラフィン)系炭化水素の、融点/沸点(℃)、主な用途、重量あたりの低発熱量(kcal/kg)を下に示す。
実際には、さらにオレフィン系と芳香族系がこれに加わる。
重質油の用途には、軽質油への分解転化を含まない。

H2     水素      -259/-253℃ 28700kcal/kg
CH4    メタン     -182.6/-164℃ 燃料ガス 11900kcal/kg
C2H6   エタン     -172/-89℃ 燃料ガス
C3H8   プロパン    -190/-42℃ 液化石油ガス
C4H10  ブタン     -135/-0.5℃ 液化石油ガス
C5H12  ペンタン    -129/36℃ 溶剤
C6H14  ヘキサン    -94/69℃ ガソリン
C7H16  ヘプタン    -90/98℃ ガソリン
C8H18  オクタン    -59/126℃ ガソリン 10600kcal/kg
C9H20  ノナン     -54/151℃ ガソリン
C10H22 デカン     -30/174℃ ガソリン
C11H24 ウンデカン   -26/196℃ 灯油
C12H26 ドデカン    -10/216℃ 灯油
C13H28 トリデカン   -6/230℃ 灯油
C14H30 テトラデカン  5.5/251℃ 灯油
C15H32 ペンタデカン  10/268℃ 軽油
C16H34 ヘキサデカン  18/280℃ 軽油 (ノルマルセタン(*4))10400kcal/kg
C17H36 ヘプタデカン  22/303℃ 軽油・重油など
C18H38 オクタデカン  28/317℃ 重油
C19H40 ノナデカン   32/330℃ 重油
C20H42 エイコサン   36/x℃ 潤滑油、ワセリン、蝋燭など
C25H52 ペンタコサン  53/x℃ 潤滑油、ワセリン、蝋燭など
C30H62 トリコンタン  66/x℃ 潤滑油、ワセリン、蝋燭など
C40H82 テトラコンタン 81/x℃ ワセリン、蝋燭など

(参考:二次電池材料のエネルギー密度)
Ni-MH二次電池 90kcal/kg
Li-イオン二次電池 130kcal/kg
同-金属Si負極 (200kcal/kg)
全固体電池 (400kcal/kg)


*4)
例えば「セタン価」とはノルマルセタンを100とした相対的な着火性のことである。セタンの名は鯨(cetus)由来のセチルアルコールから。


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フタロシアニン    2008(#5)


産総研太陽光発電研究センター、三菱商事、トッキは、それぞれデバイス構造、製造技術、投資/マーケティングを担当して有機薄膜太陽電池モジュールの市場投入を目指すその共同研究の成果として、「環境フェアinKOBE」に試作品を出品した。フタロシアニン・フラーレン系である。「2005年頃からこの系では世界最高の変換効率4%を達成」、「製造と投資がドライブできる枠組み」、という独立行政法人の不思議な題目については善意の議員たちに批判を任せるしかないのだが、一方、p型半導体がフタロシアニンであることについて人々は様々な思いを持つに違いない。

1920年代に偶然発見されて以来、この金属錯体のπ電子はいつの時代も基本的には主役でなく、時代の求める応用はよく思い出したようにこれをピックアップし、ひっくり返し、また机の端に寄せてしまう。例えば感光体、有機半導体、EL、太陽電池はどうだったろう。ただ、「青いターバンの女」が巻く青とは異なる青で、標識や車両の塗装顔料など過酷な条件下で一定の耐久性を持つ。半導体業界はいつの時代もこのことを放っておくことができないようだ。


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