時間と周波数
俺達は、
フーリエ変換とかラプラス変換とかいう得体の知れないなにものかを、仕事で使いたいわけではあまりない。
ピピッとスペクトルが画面に出てくるのがなんだかうれしい、ということでも特にはない。
ただ、
フーリエ変換の特性を利用して回路のインピーダンスや伝達関数を見積もったり、いくつかの
ラプラス変換と
ラプラス逆変換を持ち出して過渡応答を予測したりする方法が、便利すぎてやめられなくなってしまっただけなのだ。または、高周波測定機器の超能力、すなわち
離散フーリエ変換や
逆フーリエ変換を使ってSパラメータとかTDRとかを瞬時に測定し見せてくれるといった離れワザ、を目の当たりにして、これら先人たちや装置の製作者のあきれるほどの才能に畏れを抱き、目を伏せながらもお恵みだけはちゃっかりロハでいただく、そんなプロのルンペンなのである。まずはこのことを理解しておかなければならない。
フーリエ変換やラプラス変換を用いた手法や機械は、良くも悪くも良い道具である。そこから得られた結果の妥当性や予測の蓋然性についてそれほど深く吟味したり考えなおしたりすることは、少なくとも俺には無い。ただ、たまたま古くなった教科書を開いたりしてみると、あらためて自分がよくわかっていないことにがっかりしながら、やっぱりあのときあの先輩に聞いておけばよかったなあと思うことは正直言ってしばしばある。
フーリエ変換もラプラス変換も、ある量についての「時間の関数」と「周波数の関数」との相互の変換である。現象を見積もることを目的に別のスクリーンに向けて投影する手法、と言っても良いだろう。そのスクリーン自体が主役となることも少なくない。教科書にあるふたつの変換はよく似たもので、ラプラス変換はフーリエ変換の拡張と言われたりもする。しかし、実際に課題の解決のために切ったり貼ったりするのは「jω」であり、ひも解くのは「ラプラス逆変換表」であり、現場で使う装置やプログラムの説明には「フーリエ変換を使って」と書いてある。これらの違いを整理しておくのは悪いことではない。
また、
・「f特」
・「伝達関数」
・「フェーザ(フーリエ)表示」
・「フーリエ変換」
・「ラプラス変換」
これらの言葉はもちろんそれぞれ別の意味をもっていて、したがって別の目的で使われる(使われなければならない)のだが、かかわる変数の主役はおそらく共通して周波数である。俺達の現場でも、横軸を周波数としたグラフや絵は頻繁に使われている。だがそれらは、「周波数によってこの量はこう変わるのです」という主張ではない。多くの場合、これらを手段としてなにか別の特性を表現するのが目的なのである。そこを違えてはならない。特に、まったく別の種類の業務を日々こなしている人達と関連の話をする場合(それは購入の稟議をまわすときだ)、このことをまず説明しておくのが幸せになれる若干のコツと言えるだろう。
さて、
RFの世界では、タイムドメインが絵に描かれることはあまりない。これはどういうことなのだろうか。
19世紀末、ヘルツの火花放電は電磁波の存在を確認した。そのとき、ロッド・導体球のL/Cと火花のループによる一発の減衰振動は、これからその技術の進むべき道筋をはっきりと示すことになった。すぐに無線通信は、検波、同調、と、今度は周波数にすべてを支配されるかたちでまずは基本技術を練り、日本でも三六式無線電信機が『敵艦203地点ニ見ユ0445』を五島列島西方より発信するに至る。さらに、高周波発電、そして真空管の増幅作用を使うようになった無線通信は、その周波数をパラメータとしてさまざまな性能をたたきあげる錬金術となってゆくのである。そして21世紀に入った今でも、変調/復調/混合/フィルタで頼りにできるパラメータがやはり周波数に依存したなにかであるという事実を見ると、「f特」は今なおこの世界を完全に支配していると言って良いだろう。
実際、RFの世界でここまで「f特」が重宝されてきた理由はおそらく3つある。周波数の弁別が必要だったということもあるだろう。しかし重要なのは残りの2つで、それは、いつの時代も周波数ドメインを観測するほうがタイムドメインを観測するよりも簡単だということと、ラプラス変換/フーリエ変換/フェーザ(フーリエ)表示といった回路の計算法が出力するのは伝達関数やインピーダンスの「f特」だということである。
ではこれから、俺達がこれらのツールを使う際、または関連の特性を議論する場面で、様々な立場の人が思い思いに使うだろうこれらの単語を正しく聞き分けるために、あらかじめ整理しておけば助けになると考えられる要素をいくつか確認してみることにする。
フーリエ級数とフーリエ変換
<フーリエ級数>
単振動、
a sin(t)
の周期を2倍、3倍...としてずっと加えていった級数の和があるとして、
sin(1t) + sin(2t) + ... + sin(mt) + ...
この級数のすべての項に適当な係数を付けてやれば、それだけでいろいろな波形 f(t) を表すことができる。
f(t) = a[1]sin(1t) + a[2]sin(2t) + ... + a[m]sin(mt) + ...
(任意の周期関数 f(t) の周期の前後端で sin(t) は 0 とする)
(したがって sin(1t) の周期は f(t) の周期と一致する)
と、この時点で「なんじゃそりゃ」となるのだが、これはそもそもよくわかっていない俺が書いているのだからしかたがない。それに、19世紀とある暴論から始まった紛争が【収束】するまでの順序をもまったく無視しているのだから、こんなものをこれだけで素通りするやつは底抜けのアホだ。ただ、「だったらどうした」には答えなければならない。それは、各項の係数をうまくとったときにこの級数が関数 f(t) に一致するというのなら、級数の各係数はそれぞれの単振動の成分に対する重みのようなものかもしれない、その周波数 m における重みは周波数 m で表すことができるのではないか、という期待だ。であるからして、そのゴールを信じ、ひとまずここは素通りすることにしよう。どうせアホであることに変わりはない。
残念なことにこの右辺は無限の数の項を持つ。このままでそれぞれの項の係数 a[m] を求めるなど俺には考えもつかないが、ちゃんと方法があるらしい。
まずは最後の式の両辺に sin(mt) をかけ、半周期を区間として積分する。
integ@0:π@{f(t)sin(mt)}dt = integ@0:π@{a[1]sin(1t)sin(mt)}dt + integ@0:π@{a[1]sin(2t)sin(mt)}dt + ...
余計ややこしくなりそうだが、実は右辺にはひとつの項しか残らない。
integ@0:π@{sin(nt)sin(mt)}dt
は m ≠ n で必ず 0 になるからだ。正弦波を重ねることによってイメージをつかむことができるはずである。
もとに戻って、a[m] が求まる様子を整理する。
integ@0:π@{f(t)sin(mt)}dt = integ@0:π@{a[m]sin2(mt)}dt
integ@0:π@{f(t)sin(mt)}dt = a[m]π/2
a[m] = (2/π)integ@0:π@{f(t)sin(mt)}dt
次に、sin だけでは f(t) は t=0 で必ず 0 なので、最初に戻って、f(t) を cos も加えた級数とする。
同じ周期の sin と cos を加算すると位相が自由に変えられる。これは加法定理である。
f(t) = a[1]sin(1t) + a[2]sin(2t) + ... + b[1]cos(1t) + b[2]cos(2t) + ...
a[m] = (2/π)integ@-π/2:π/2@{f(t)sin(mt)}dt
b[m] = (2/π)integ@-π/2:π/2@{f(t)cos(mt)}dt
係数 a[m] 、b[m] の式は、 f(t) が周波数 m に対して持つ重みのようなものと捉えることができる。
これはタイムドメインと周波数ドメインとを結びつける式で、いわゆるフーリエ変換式と同じような形をしている。
<フーリエ変換(複素フーリエ変換)>
最初に断っておくと、俺には特にこの部分の目的からゴールまでを地図の上に展開することができていない。したがって説明できない。確認できるのはプロットだけだ。ここでは、級数の展開で得た式(sin と cos の入り混じった式)を複素変換する。そうするとフーリエ級数は「フーリエ変換式」として使えるようになるとともに、関数の非周期的な一面までも扱えるようになる。(「復素変換」の意味を違えてはいけない。それは別の章で考える。)
ともかく教科書に従って、sin(t) を exp(jt) に、cos(t) を exp(-jt) に書き換え(この条件なら覚えているぞ)、係数を別の観点から整理する。
このことによって、周期の倍数 1、2、3 ... は、-1、-2、-3 ... にも広がることになる。
f(t) = c[1]exp(1jt) + c[2]exp(2jt) + ... + d[-1]exp(-1jt) + d[-2]exp(-2jt) + ...
c[m] = 1/2(b[m]-ja[m]) = (1/π)
integ@-π/2:π/2@{f(t)(cos(mt) - jsin(mt))}dt = (1/π)integ@-π/2:π/2@{f(t)exp(-jmt)}dt
(d[m] も同じ)
m を ω、 c[m] を F(ω) として、また c[] と d[] は c[] で代表する。
f(t) = c[1]exp(1jt) + c[2]exp(2jt) + ... + c[-1]exp(-1jt) + c[-2]exp(-2jt) + ...
F[ω] = (1/π)integ@-π/2:π/2@{f(t)exp(-jωt)}dt
上の式を±無限大間の積分とすると以下のようになる。
f(t) = integ@-∞:∞@{F(ω)exp(jωt)}dω
F(ω) = integ@-∞:∞@{f(t)exp(-jωt)}dt
上がフーリエ逆変換式、下がフーリエ変換式である。
(係数は1とした)
こうしてできたフーリエ変換の特性は以下のようなものである。
なにこれ? 俺達の仕事では(他の多くの現象でも)この単純な入替によって時間tの関数から周波数ωの関数に変換することができるということだ。
だから? あわてるな、次節以降でこれを使うのだ。
元の関数 --> 元の関数のフーリエ変換
f(t) --> F(ω)
df(t)/dt --> jωF(ω)
integ{f(t)}dt --> (1/jω)F(ω)
フーリエ変換の解析的な利用
時間の関数 --> フーリエ変換
f(t) --> F(ω)
df(t)/dt --> jωF(ω)
integ{f(t)}dt --> (1/jω)F(ω)
このようなフーリエ変換の特性は、現場では回路の特性を見積もるために用いられる。例をいくつか見てみよう。
[RC直列回路]
R端への入力電圧を v(t)、C両端を出力電圧 u(t)、電流を i(t) とすると、回路方程式は以下のようになる。
i(t) = Cdu(t)/dt
u(t) = v(t) - Ri(t)
-- インピーダンス --
回路方程式を入力電圧 v(t) と電流 i(t) の式にして、
Cdv(t)/dt - CRdi(t)/dt = i(t)
両辺各項をフーリエ変換すると、
jωV(ω) = I(ω)(jωR+1/C)
インピーダンス Z(ω) は以下のとおり ω に依存する。虚数部分はリアクタンス、実数部分は抵抗である。
Z(ω) = V(ω)/I(ω) = R + 1/(jωC)
-- 伝達関数:1次のLPF --
回路方程式を入力電圧 v(t) と出力電圧 v(t) の式にして、
Cdu(t)/dt = (v(t)-u(t))/R
両辺各項をフーリエ変換すると、
CjωU(ω) = {V(ω)-U(ω)}/R
これをまとめると、
U(ω) = V(ω)/(1+jωCR)
となる。
出力 U(ω) の入力 V(ω) に対する比 F(ω)、
F(ω) = 1/(1+jωCR)
が伝達関数で、この複素数の振幅と位相はそれぞれ、
振幅: SQR[1/{1+(ωCR)2}]
位相: arctan(ωCR)
1次遅れ要素になっていることがわかる。
[LC直列回路]
L端への入力電圧を v(t)、C両端を出力電圧 u(t)、電流を i(t) とすると、回路方程式は以下のようになる。
i(t) = Cdu(t)/dt
u(t) = v(t) - Ldi(t)/dt
-- インピーダンス --
回路方程式を入力電圧 v(t) と電流 i(t) の式にして、
i(t) = Cdv(t)/dt - LCd2i(t)/dt2
両辺各項をフーリエ変換すると、
I(ω) = CjωV(ω) + ω2LCI(ω)
I(ω)(1-ω2LC) = CjωV(ω)
インピーダンス Z(ω) は以下のとおり ω に依存し、Rが無いので虚数部分(リアクタンス)のみである。
Z(ω) = V(ω)/I(ω) = j(ωL-1/ωC)
-- 伝達関数(LC直列回路のC両端を出力として) --
回路方程式を入力電圧 v(t) と出力電圧 v(t) の式にして、
u(t) = v(t) - LCd2u(t)/dt2
両辺各項をフーリエ変換すると、
U(ω) = V(ω) + LCω2U(ω)
出力 U(ω) の入力 V(ω) に対する比 F(ω)、
F(ω) = 1/(1-ω2LC)
が伝達関数になる(この場合Rを0にしているので実数)。
振幅: 1/(1-ω2LC)
位相: 一定(注:振幅はω=1/SQR(LC)で反転)
[RLC直列回路]
R端への入力電圧を v(t)、C両端を出力電圧 u(t)、電流を i(t) とすると、回路方程式は以下のようになる。
i(t) = Cdu(t)/dt
u(t) = v(t) - Ldi(t)/dt - Ri(t)
-- インピーダンス --
回路方程式を入力電圧 v(t) と電流 i(t) の式にして、
i(t) = Cdv(t)/dt - LCd2i(t)/dt2 - CRdi(t)/dt
両辺各項をフーリエ変換すると、
I(ω) = CjωV(ω) + ω2LCI(ω) - jωCRI(ω)
I(ω)(1-ω2LC+jωCR) = CjωV(ω)
インピーダンス Z(ω) は以下のとおり、虚数部分はリアクタンス、実数部分は抵抗である。
Z(ω) = V(ω)/I(ω) = j(ωL-1/ωC) + R
-- 伝達関数(RLC直列回路のC両端を出力とした2次のLPF) --
回路方程式を入力電圧 v(t) と出力電圧 v(t) の式にして、
u(t) = v(t) - LCd2u(t)/dt2 - RCdu(t)/dt
両辺各項をフーリエ変換すると、
U(ω) = V(ω) + LCω2U(ω) - jωRCU(ω)
出力 U(ω) の入力 V(ω) に対する比 F(ω)、
F(ω) = 1/(1-ω2LC+jωRC) = [(1-ω2LC)-jωRC]/[(1-ω2LC)2+(ωRC)2]
が伝達関数になり、
振幅: 1/SQR[(1-ω2LC)2+(ωRC)2](分子がもう一度分母のSQRになるので)
位相: (1-ω2LC)/[(1-ω2LC)2+(ωRC)2] と jωRC/[(1-ω2LC)2+(ωRC)2] との偏角
振幅は、
-- ω が ω0 に比べて小さいときは1のまま
-- ω が ω0 に近くなるとQに関係した変化を見せながら
-- ω0 を超えると急激に小さくなる
という、2次遅れ要素である。
Q値
Q値は品質係数と呼ばれることもあり、回路に限らず振動一般に用いられる係数である。振動する対象や接続によって、振動の性質とされたり、消費されるエネルギーの比とされたり、さらには共振の半値幅だったりもする。実はこれらは物理的には同じものだ。
「品質」というと、ただ大きければ良いように聞こえてしまうかもしれない。たとえば部品のBPF特性だけを見るならばそういう評価もあるだろう。しかし、同じフィルター特性であっても、LPFやHPFにおいてQ値の重みは異なる。共振を用いるとき、回路全体のQ値は考慮されてしかるべきだが(それでもただ大きければ良いわけではない)、部品単体のQ値は、Rが無視できる方向という以外あまり何も示していないのである。また、特に部品の性能として共振を大きく外れ異なる意味でQ値が使われることもあり、これにも注意しておかなければならない。
このような混乱を招く値をわざわざ回路に導入しなければならないのだろうか。測定もや調整も容易なRとLとCとωで表すほうがどう考えてもわかりやすい。Q値はたぶん、他に比べてこの値が際立って表出するような分野、構造物の振動のようなQ値が単独でも強力で定まった意味を持つ現象で生きている。回路一般の要求によって定義された値ではないと思う。
しかしここではともかく回路について、RLC2次遅れを例に確認しておこう。
*** LC直列にR直列でCが負荷(前節のとおり)
(LとRが直列でCを並列=負荷とする場合)
伝達関数
F(ω) = 1/(1-ω2LC+jωCR)
*** LC直列にRがC並列で負荷
(Lが直列でRとCが共に並列=負荷とする場合)
伝達関数G
F(ω) = 1/(-ω2LC+jω(L/R)+1)
これら二つの例では(この種の回路では)、特性を一つの係数に集約した一般式に置き換えることができる。
まず、ω を ω0 でノーマライズして、x(=ω/ω0) とする。
F = 1/(-x2+(1/Q)xj+1)
係数に使った Q は、共振回路や電子部品で一般に通用している Q 値(品質係数)と同じものである。
前者(LC 直列に R 直列で C が負荷)では、Q = (1/R)√(L/C)
後者(LC 直列に R が C 並列で負荷)では、Q = /R√(C/L)
F の x 依存性は以下のとおりイメージできるようになっている。
F が無限大(分母=0)になる「極」は、
x = (1(-1/Q)j±ω0√(4-(1/Q)2))/2
となるときだ。実数である周波数 x(=ω/ω0) を複素数とを比較することにいささか抵抗はあるが、右辺が実数であるならば(Q=∞ のとき)極はあからさまに出現し、その場所は x=1(ω=ω0) である。
ちなみに、平方根の中(4-(1/Q)2)の正負は、振動と減衰の主従を決めている。
Q>1/2 のとき:時間軸での振動
Q<1/2 のとき:過減衰
Q=1/2 のとき:臨界減衰応答
一般式に戻り、(面倒なので ω も x のままで)伝達関数と位相を抽出しよう。
|F| = 1/(√((1-x2)+(x/Q)2))
位相は (x2-1) と x/Q との arctan
周波数依存性のグラフを描いてみる。
伝達関数は、
・x が小さいときは1(一定)
・x=1 前後から下がり始める
・x が大きいときは 1/x2(loglogプロットでは直線で落ちる..-12dB/oct または -40dB/dec)
また、位相は、
・x が小さいときを 0°とすると(一定)
・x=1 前後のとき急激に下がって -90°を跨ぎ、
・x が大きいときは -180°(一定)
以上、2次遅れのボーデ線図である。
最後に、x を ω に、Q を L,C,R に戻し、それぞれの例で、一般式の伝達関数が普通に計算した場合と同じである事を確認しておく。
前者(LC直列にR直列でCが負荷)では、|F| = 1/(√((1-(ω2LC)2)+(ωCR)2))
後者(LC直列にRがC並列で負荷)では、|F| = 1/(√((1-(ω2LC)2)+(ωL/R)2))
フーリエ変換と現象分析
さて、現象分析という場でまず困るのは、
・得られるデータが離散的(サンプリング)
・処理の範囲が有限
ということである。とぎれとぎれのデータをどうやってフーリエ変換するかを考えなければならないのだ。そもそもフーリエ変換を定義して良いのかどうか自体が問題である。だが実際には、「とぎれとぎれだけれども関数」というインパルス列(δ関数列)を用いることによって離散フーリエ変換は定義されている。原信号 x(t) をこのインパルス列でサンプリングした y(t) を考え、実際に則して期間を有限とすると、 y(t) は離散値の有限な回数だけの和である。期間が原信号の1周期だけであれば以下のように書くことになる。
y(t) = sigma@n=0:N-1@{x(nT)δ(t-nT)}
ここで y(t) をフーリエ変換する。
(δ関数のフーリエ変換は一定値)
Y(k) = (1/N)sigma@n=0:N-1@{x(nT)exp(-j2πkn/N)}
これが離散フーリエ変換として行うべき作業だ。間違えてはいけないのは、離散フーリエ変換の結果見えてくるのは原信号の周波数空間 X(k) ではなく、サンプリングした後の信号の周波数空間 Y(k) だということである。
それでは、「サンプリングする」ことが周波数空間にどのような影響を与えるのかを、以下で整理してみよう。
周期矩形波を原信号として、これをフーリエ級数に展開すると、
基本波+2倍周期の小さな波+3倍周期のさらに小さな波+....
となるはずだ。
サンプリングした後の信号の周波数空間 Y(k) は、基本波の周波数を間隔とした離散的な関数である。したがって基本波の周期が長ければ長いほど周波数空間では高調波の間隔(離散)が小さくなり(時間枠の逆数が周波数の基本単位)、これがさらに長く周期的ではなくなる(周期が無限大になる)と、周波数空間では連続的な関数になる。
(実際には、孤立矩形波(幅をもった1パルス) → sinc関数)
(以下しばらく、矢印(→)は、時間空間 → 周波数空間 を表わす。)
(フーリエ変換の式と逆変換の式で見たように、これらには双対性(または回転の方向が違う、または共役である、という特徴)があるので、逆も同じ。)
・高調波は波の形を作る
・高調波間の周波数の波は、基本波より周期の長い波を作っている
時間空間ではほとんど何もない孤立波のほうが、周期的な波よりも多くの(連続的な)周波数から成っているということである。
上で使ったδ関数はさらに極端で、ある一点に集中して存在する(積分値は1)ので、
δ関数 → 一定値
と変換される。
先程とは逆方向に考え、これが周期的に繰り返されるとすると、周波数空間では中間の周波数の波がいらなくなり、離散的な関数になる。
δ関数の短い周期の繰り返し(インパルス列) → 大きく離散した関数
「短い」というのは原信号の周期に比べて充分短いということで、サンプリングに使うのはこのような信号である。
これらを4種類の形状でまとめると、時間空間と周波数空間とは以下のように対応している。ここでは、それぞれの空間の中で左上が原信号、左下がサンプリング信号であることを想定している。
(時間空間)
周期のある連続波 孤立した(周期無限大)連続波
周期のあるインパルス 孤立した(周期無限大)インパルス
↓↑
(周波数空間)
小さく離散した関数 連続的な関数
大きく離散した関数 連続的な関数
これにより、サンプリング後の信号は、周波数空間では、小さく離散した関数(時間空間の原信号)と、大きく離散した関数(時間空間のサンプリング信号)との、それらの重ね合わせ(かけあわせ)であると予想することができる。
また、原信号が周期的であったとしても、俺達は実際にこれを有限の時間範囲でしか観測(加算)できない。周期的な連続波(左上)が孤立した連続波(右上)に近いものとして扱われた場合は、本来空いているはずの高調波間が埋まってゆく。一方、周期的であるという前提でこの限定された範囲の測定値を繰り返し用いた場合は、範囲のとりかた(時間窓)によっては原信号に存在しないはずの周波数が現れるという問題が見えてくる。
ラプラス変換と解析的な利用
フーリエ変換は、その特性を利用して(フェーザ表示/フーリエ表示/jωのことである)、回路の伝達関数(ω)やインピーダンス(ω)を代数的に求めることにおおいに役立った。さらに、数式を眺めるだけでも周期関数同士を作用させる振る舞いを議論する助けになるだろう。その他、離散フーリエ変換として現象を分析するための様々な装置にも利用されている。
一方ラプラス変換も、同じく俺達が現場で使う道具である。ラプラス変換は、そのあとにラプラス逆変換を使ってこれをもう一度時間tの関数に戻し、過渡的な現象までを含めた入出力関係を評価するためによく使われる。そのことのために整備されたツールと言えるだろう。
ラプラス変換は一般的には、
F(s) = integ@0:∞@{f(t)exp(-st)}dt
と表わされる。
この式はフーリエ変換、
F(ω) = integ@-∞:∞@{f(t)exp(-jωt)}dt
とよく似ている。というか積分範囲以外は同じだ。
ラプラス逆変換の式は、こちらもフーリエ逆変換の式と似ているが、虚数軸方向の積分になっている。
f(t) = integ@c-j∞:c+j∞@{F(s)exp(st)}ds
実際に、一階微分のフーリエ変換が
df(x)/dx = jωF(ω)
だったのに対し、同じく一階微分のラプラス変換は
df(x)/dx = sF(s) - f(0)
で表され、f(0) を除けば同じような道具だし、呼び名が混乱することも普通にある。
ただラプラス変換は、時間 t の積分範囲が 0 から ∞ までに区切られているのだ。
ラプラス変換は、具体的には以下の様な置き換えである。
(h(t) は、t>0で0、t<0で1 :ヘビサイドの階段関数)
時間の関数 --> ラプラス変換
f(t) --> F(p)
df(t)/dt --> sF(p)-f(0)
integ{f(t)}dt --> (1/s)F(s)
h(t) --> 1/s (ヘビサイドの階段関数)
dh(t)/dt --> 1 (ディラックのデルタ関数)
(以下、もっぱらラプラス逆変換 <-- に)
h(t)exp(-at) <-- 1/(s+a)
h(t){1-exp(-at)}/a <-- 1/s(s+a)
h(t)sin(at) <-- a/(s2+a2)
h(t)cos(at) <-- s/(s2+a2)
h(t)t <-- 1/s2
[RC直列回路]
R端への入力電圧を v(t)、C両端を出力電圧 u(t)、電流を i(t) として、回路方程式はフーリエ変換のときと同じ。
i(t) = Cdu(t)/dt
u(t) = v(t) - Ri(t)
-- 積分電圧の過渡特性 --
v(t) と u(t) だけの式にする。
RCdu(t)/dt + u(t) = v(t)
v(t) を h(t)E として両辺をラプラス変換する(Eは直流電圧)。
sRCU(s) + U(s) = E/s + RCu(0)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
| フーリエ変換では v(t)-->V(ω)、ラプラス変換では Eh(t)-->E/s、という違いを、u(0)=0として比較しておく。
| U(ω) =
V(ω)/(1+jωCR) :入力 V(ω) を関数として残したまま、比を評価するため:
| U(s) =
(E/s)/(1+sCR) :入力を周波数応答 E/s として計算に入れこみ、出力 U(s) を解いてしまう:
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ラプラス逆変換に向けて整形
U(s) = (E/RC)/s(1/RC+s) + (u(0))/(1/RC+s)
ラプラス逆変換
u(t) = E{1-exp(-t/RC)} + u(0)exp(-t/RC) = E - (E-u(0))exp(-t/RC)
-- 電流の過渡特性 --
v(t) と i(t) だけの式にする。
i(t) = Cdv(t)/dt - CRdi(t)/dt
v(t) を h(t)E として両辺をラプラス変換する(Eは直流電圧)。
I(s) = CE - sCRI(s) + CRi(0)
ラプラス逆変換に向けて整形
I(s) = (E/R+i(0))/(1/CR+s)
ラプラス逆変換
i(t) = (E/R+i(0))exp(-t/RC)
(付録)入力*f特 従属接続
【入力*f特】
ある ω における「f特」の値は複素数だが、複素数を入力波形にかけるということはどういうことなのか、一度確かめておこう。
ある ω における「f特」の値 a+jb を、
入力としての exp(jωt) にかけあわせ、その結果の絶対値と位相を調べる。
exp(jωt)*(a+jb) = (cosωt+jsinωt)(a+jb) = acosωt-bsinωt + j(asinωt+bcosωt) = SQR(a2+b2)cos(ωt+θ) + jSQR(a2+b2)sin(ωt+θ)
絶対値:SQR[(acosωt-bsinωt)2+(asinωt+bcosωt)2] = SQR(a2+b2)
位相 γ:cosγ = SQR(a2+b2)cos(ωt+θ)/SQR(a2+b2) なので γ = ωt+θ
exp(jωt) の振幅は a+jb の絶対値倍になり、位相も a+jb の偏角 θ が加わることがわかる。
【従属接続】
4端子回路網において出力の開放や短絡を想像すればわかるのだが、(特別な場合を除いて)伝達関数やインピーダンスを従属接続してはいけない。
従属接続するために準備されているのはF行列で、伝達関数やインピーダンスはその結果(目的)である。