今から1万年ほど前、その島はようやく氷河期の残滓を抜け、陸地はまた広葉樹の森に少しずつ覆われていった。森は命を抱き、命は土に、土は森に、何百回も還っていった。そしてさらに何千年かが過ぎたころ、山と海との間、丘と川との間に人が集まりはじめた。その動きはあくまで緩やかで、遠目には川の侵食と区別することすらできなかった。

やがて、西のほうからひとりの神様が鍬をかついでやってきた。彼の鼻歌はいつも楽しげで、誰とも諍うことはなく、何を強いることもなく、よく働き、人々も元々そこに住んでいた神々もあえてそれを追い返す事はしなかった。そうやって人々の一部は自然に土を耕すようになった。生活は少しずつ変わっていったが、それでも皆これまでどおり必要なだけ働き、少しだけ争い、よく譲歩した。

そしてまたもうひとつの千年が過ぎた頃、この長い繁栄と平和を確かめたかのように、翠色の怪物が川と沼とに降りてきた。島の人々は神々とともに北へ退いた。今から2000年前のことである。このあと人々の行き着く先がこの島の先端にある小さな半島であるということは、もうそのときに決まっていた。















半島には、海峡からの厳しい季節風が、少しずつ向きを変えながら一年を通して吹き込んできた。北西の端にはドレッドヒルという小さな火山があるにはあるが、圧倒的な体積と重量で容赦なく襲ってくる空気の津波を防ぐには、山の存在はほとんどなんの役にもたっていなかった。ドレッドヒル以外の半島のほとんどは沼と低い山でできていて、人の住める平地は、北/東/南の3ヶ所にあった。そのうち北の平地には、半島の全ての住民を対象にしたさまざまな事業を行うための大きな施設がある。その施設の名前はイソノミーという。これは3000年前にどこか異国の温かい海岸地方で使われていた言葉で、その語源とは反対に今では空想としての徳とか善とかを揶揄するような意味で用いられている。イソノミーにはゲートが3つあって、正面にあるひときわ大きいものが一般市民、向かって左横が議員、そしてもうひとつ裏にあるのが保護市民それぞれ専用の出入り口である。保護市民とは、平均余命が9年を下回るか仕事を辞退するかして票係数が0.2以下になった市民のことである。400年前、ついに債務の償還をあきらめた政府を市民自身が根っこから立て直したのがこの票係数という選挙制度で、それは国内外の情勢にあわせて様々に形を変えながら今日まで続いている。
いま、糊の効いた袷に襟付きトンビを羽織った老人が、パナマ帽を脱ぎながらその保護市民専用のゲートへと入っていった。

トンビの老人がゲートの前に立つと、すぐに天井の一部が小さな音をたてながら頭の上30cmほどの高さにまで降りてきた。左右の壁もわずかに変形した。音も光もないスキャンがすぐに終わって扉が開き、老人がロビーに入ってゆくと、白いカウンターの向こう側で中年の男がひとり、片手で黙々と床を磨いていた。足音を聞いてその男は、手と同じく右側の無い灰色の目をその方向に向けた。

「へえ、こいつは驚いた。」
片腕の男は、体の中でただ一箇所だけ動かしていた左手を止め、顔を上げた。
「ここんとこ見なかったじゃねえか。爺さんついに召されたかってちょうどみんなで話してたんだぜ」
「これはこれは、あんたがたにまで御心配いただくとは..」
床の硬さを確かめるように雪駄を鳴らし、老人は体を斜めに傾けて立ち止まった。イヤな癖だ。
「このあたしも落ちぶれたもんですな。いえ今日は接種票の更新に出てきただけなんで。イソノミーなんてとんとご無沙汰でしたしついでにちょっと寄ってみようかってね」
「ふん、こっちは爺さんが出歩くとまたPL6に何かあったのかって思っちまうがね」
「それですよそれ。あたしもまだ詳しいことは聞いちゃいないんですが、まあ覚悟だけはしておいたほうがいいでしょうなあ」
片腕の男は、焦点の合わないほうの目で無いほうの腕を見つめ、深く息を吐いた。

PL6は半島の南の付け根にある。600年前の地震から長い間閉鎖されていた12の建物の総称だ。ほとんどの建物は15年前の「開放」によって別の用途に再び使われるようになった。もちろん必要な修繕や交換はなされたが、特殊な工法と材料によって基礎や骨格を含めほとんどの構造物は劣化しないままにその600年を耐えていると教えられた。にわかには信じられない話だがもしかしたら軍の施設だったのかもしれない。なぜ閉鎖されていたのかその理由はわからない。

そのとき、黄色い靴の音がレギュレーションホールの方に向かって歩いていった。
ホールの内部はイソノミーの各所にあるモニターに映し出されている。床面は300平米ほどの正三角形で、三つの壁は内側に傾斜し天頂でひとつになることで四面体を成していた。傾いた壁には外から見えない埋め込み式の搬入口と、人の出入りするドアが120度を挟んで2つあった。中央には高さ2メートル近いドーム状の出っ張りがあり、そこから板のようなものが張り出して箱をひとつ載せていた。ホールに入ってきた靴の主は、あまり美しいとは言えないがその代わりなのか強そうで意地悪そうな女である。小さな箱の中から青く光る帽子のようなものを取り出し、ホールの外からずっと付いてきた二人の男たちに向かってなにか言ったようだった。

15年前に外交交渉向け翻訳機として導入されたこの青い帽子は、地下にあるライプと呼ばれる普遍記号計算機に接続されている。ライプは元々900年ほど前の大陸の学者が作りかけで死んだと言う求積器だが、どのような原理で900年間誰にも知られず動き続けこのような能力を得るようになったのかは明らかになっていない。今では青い帽子を介して市と市との間でさまざまな調停に利用されている。このシステムの概念は次のように説明される。まず現象の推移を、通常の時刻の上で現れる順に5つのステージに分ける。双方の背景、双方の要求、複数のアクション、複数の結果(と蓋然性)、そして複数の影響(と揺らぎ)、である。これらのステージを数ミリ秒の単位で重畳し、人間の一次視覚野に直接投影、双方で相手のイメージを共有することによって同じ答を得ようというしかけだそうだ。それぞれのステージは、複数のイベント(普通は7つほどであるが)を軸とした座標で構成され、軸上には数値化されたそれらのレベルが並ぶ。レベルの表現に使われる刺激は、静的あるいは微視的には、光の強さ、青/黄座標、赤/緑座標、これら3つの量でしかないが、実際はそれに加え、マクロな空間周波数と色の濃さや視覚野上での反応の場所に対する依存性を、さらに一次視覚野以降にもかぶせるのである。このかけあわせになる膨大な数のパラメータを使い、装着する人間に対してフィードバックの測定とパラメータの設定を繰り返し行ううちに(同時に人間の視覚野もチューニングされるのだが)、どんな人間にも同じイメージを「見せる」ことができるようになるというのがこの装置のそもそもの機能である。つまり、各ステージは、7つほどの独立した事象を、言葉の定義に依存しない共有の量、例えば「赤色の刺激」や「居心地の悪さ」としてそれぞれ分けて表現するためのものである。使ったことのない者たちに対しては、「眠りにつく瞬間まぶたの裏に焼きくようなイメージ」とよく説明されている。背景から影響までの5つのステージは(問題に合わせて順番は入れ替えられる)、数ミリ秒ごとに切り替えられ投影される。これらは相互に依存して動き、したがってその形を動的に変えるのだが、このことによって、ステージ間に存在する依存の粗密やその性質は、この装置を使う人間にとって「知らないうちに知らされる」、または「考える前に見せられる」もの、すなわち感覚のようなものとなる。こちらは「嗅覚」または「味覚」に近いものなのではないかという分析が最近ではなされている。

ドームに相対するかたちで置かれた半円形の椅子には、もうひとりの若い男が座っていた。若い男はゆっくりと深い呼吸を繰り返したあと、少し体をひねったまま下を向いて目を閉じた。この男には普通の人間が持っている3つの軸が生まれながらにして備わっていなかった。嫌悪、軽蔑、嫉妬、だ。生理的な嫌悪、未熟に対する軽蔑、自分に与えられない環境への嫉妬、これらが揃って欠けている人生にどんな意味があるのかはわからない。黄色い靴は青い帽子を若い男の頭に載せた。




片腕の男には娘がいた。ながいあいだ会うことはなかったが、村のはずれから登ることができる300mほどの裏山の頂上からは、娘の住んでいる彼方の峰々を確かに見渡すことができた。片腕の男は週末になるとこの裏山に登った。そして登りも降りも走れるだけ走った。心臓の機能がその限界あたりに張り付いてドクンドクンと脈打ってくると、このまま裂けてくれるならそれでよいと、そう思うのは快感だった。それでも片腕の男は、モノクロ映画の中の歩道のエキストラのように、何者でもない輪郭のまま生き続けた。何度かは学校に通う娘の姿を影に隠れて見に行ったことがある。だがそこでも片腕の男は臆病で卑怯だった。いまも床を磨きながら片腕の男は、モニターに映った青い帽子を自分で自在に操っている様子を想像してみるのだ。そこでは、片腕の男は片腕でも隻眼でもなかったからだ。

ある年の春、男は13年ぶりに母親と娘に再会した。
それがだれかの気まぐれだったのか、想定された巡り合わせだったのかはわからない。
そうしてそれから年に一度か二度、男は娘と会うようになった。
男の家で二人だけの昼食をとることもあった。
男はパンとスープ、それに少し卵を食べた。
娘は持ってきた弁当を開いていた。
男は、歴史やら音楽やら小説やら、ただ思いつくままにとりとめもなく話し続けるのだった。
声や表情は平静を装っていたが、男は一生懸命だった。
言わなければ聞いておかなければと思っていたことはあまりにも多すぎて、
男の頭の中をぐるぐると高速で回転するだけだった。
そして結局それらはなにひとつ、男の口から出てはこなかった。

この人は料理などしないのだろうと娘は思っていた。
いつか母親がそのようなことを言っていたのかもしれない。
家にはどの部屋にも余分なものがいっさい無く、
床もテーブルの上もきれいに拭きあげられていて、
自分と同じ生活の匂いはどこにもしなかった。
娘は自分から何かを語ることはなく、
男が持ち出した話題に、ひとしきりの返事を返すだけだった。
子供のころに聞かされた父親がいない理由を娘は信じていなかったが、
でもいまここで聞いてみたいとは思わなかった。
この人は答を持っているのだろうか。
ここでもウソや言い訳を聞くのはイヤだった。
それより大切なことがたくさんあった。




モップを持つ男の左手が紫色に膨れあがるのを見て、老人は話題を変えようとあらためて話しだした。

「そういえば今朝も通ってきたんですがブルックフィールドのダム、あれなんか埋め戻しがそろそろ30回を越えるそうですな。もうそんなになりますか」

ブルックフィールドというのはPL6のすぐ南にある大きなダム湖のことだ。PL6で事故が起こった場合、そのPL6やイーストロードそれにドレッドヒルなど全てを半島ごと切り離してしまうための切り取り線のようなものである。どういう意味かはわからないが「ひょうたん島プロジェクト」という名で常に最新の災害対策が準備されている。実はダム湖を掘ろうが埋めようが切り取り線としての機能にまったく影響はないのだが、まあそういうことだ。

「そう言やそうだな。おれも1度世話になったがありゃ悪かねえぞ」
「みんなそう言いますな。だけどあたしにゃなんだか..」
「はん。あんたみたいな燃えカスにとっちゃあただのアスピリンかマリファナってとこだろうがよ」
「大昔のなんとかトピアの農場とそれほど違わないって、そんなふうにも思えますがね」
「まあそうだろうさ。だがそれだってそろそろ再試の時期じゃねえか。一方的に批判するだけで喜んでいるようじゃそれこそ奴らの思うツボだぜ」
奴らというのは翠色のヤツらのことだ。思うツボとは投票とか委員会とか要するにガス抜きのことだろう。
「まあ、今度まわってくるのは何年の先かは知らねえが、俺アともかくあんたはその頃にゃ確実にこの世とおさらばしてるだろうよ」
「あれま薄情なことを。そもそもできる事なんて何もないってことですかな..」
「いや爺さん、俺はともかくあんたには大事な仕事があるぜ。ゴミを目一杯抱いて妖怪どもと一緒にさっさとくたばるってことさ」

日頃の行政に必要なイメージくらいならば、簡単な訓練によって誰にでも正確に捉うことができるようになると、装置の解説にはそう書かれている。実際そんな簡単なものかと疑う人間は少なくないが、この老人に言わせればその特徴はやはり驚くべき単純さ、これに尽きるという。
今実際に、市の代表はこれを装着し(イメージを見て)、トータルのゲインが最大である点を確認し、選択し、そのゲインを偏らないよう双方に振り分けている。調停と言っても交渉などはなく、戦術もなければその準備もない。ただセレモニーが残っているのだ。

当初は国家間の様々な調停に使用されたこの装置であったが、想像を絶する能力が世界中の紛争をあっという間に駆逐したあと、その「共通の理解」を得る機能が今度は工場で使われるようになった。例えば、ひとつの不良品が出荷された原因は何月何日の作業員某の靴ヒモの結び具合にあった、こんなことが正確に絵に描かれ瞬時に理解されるようになったのである。すぐに、製造工程で人の手になるミスなどは限りなく少なくなった。
それがこの真っ暗な現代の始まりだった。ついこの間まで自由経済が抱えていたほとんどの産業は、間もなくその規模を維持したままでは機能することがまったくできなくなった。華やかで活気に満ちた市場は自重に耐えかね、次々に姿を消していった。さらに、この品物で何をするのか、その行動の価値はどれくらいか、欲求の源は何なのか、替わりになるものは、値する労働時間は。このようなことを評価しはじめた消費者に、「それでも必要」と言わせるまでの新しい商品が、現実にはほとんど出てこなくなったのである。
一見理想的な環境で人の余剰時間が生産するものはいったい何なのか、その答がすなわち現代なのである。男は苦しいと、老人は悲しいと、女は「別に」と言う。

ひとつの言葉についてでさえ、人と人との間でその定義や機能が完全に一致することはない。言葉の表装がメタ科学を貶めた時代も長かった。だが(だからこそ)、ゆるい誤解がいたるところで軋轢を吸収しながら、数千年間で、言葉は、社会の成立に欠かせない継続的な期待と予測をやっとあのような具合に仕立てあげてきたのだ。幸福や欲を、法や約束ごとも、ひとりひとりの眼底に個別に形成することができたのだ。便利な道具であるということだけではなく、でもこれ以上は全然できないんですよという完成度の低さこそが言葉のスゴさだったのだ。しかし我々は、たった5年でその全てを失った。















PL6のいちばん南に位置するストックヤードには、数え方にもよるが、1億7000万点を超える書物がゼノンなど重い不活性ガスを充填した部屋に封印され保管されている。1ヶ月に1度、市議会の選んだそのうちの1万点ほどが、居住エリア共用棟の書棚に並べられ、1ヶ月だけ市民に貸し出されるのである。その共用棟の閲覧コーナーに、ここのところ毎日「カンジ辞典」を繰っている20歳くらいの車椅子の女がいる。辞書は半年間も申請書を出し続けてやっとヤードから出してもらったものだ。彼女はその辞書と文字通り首っ引きで何かを調べているようだった。

「議会のおじさん達ってホント意地悪。あと2週間で調べてしまわなきゃ、次はきっと100年後だわ」

トキは今日も母親にそう言って、朝一番のバスに乗って共用棟までやってきた。机の上に開いた赤い表紙のノートは、普通の人ならまず見ることがないだろう網目のような文字と注釈それに考察やら推理やらで何ページも埋め尽くされており、茶色い軸の鉛筆は、毎日その長さを順調に縮めながら今では中指ほどになっていた。そしてここにいるあいだ彼女の片方の手にずっと握られているのは、薄い黄色の付箋だった。


書經卷之一
皐陶謨

皐陶曰 都亦行有九德
☐☐☐☐☐☐
寬而栗者 寬弘而莊栗也
柔而立者 柔順而植立也
愿而恭者 謹愿而恭恪也
亂而敬者 有治才而敬畏也
擾而毅者 馴擾而果毅也
☐☐☐☐☐☐
簡而廉者 簡易而廉隅也
剛而塞者 剛健而篤實也
彊而義者 彊勇而好義也


あーもう! 3日前からどうもうまくない。新しいアイデアが湧いてこない。行き止まりってやつだ。記号として見直してみようか。ためしに付箋を90度左に回して眺めてみると、なるほどポケットゲームの画面のようだ。養育園で同じクラスだったパズル好きの男の子(名前なんだっけ)なら、下から2番めと4番目が消えない!って大騒ぎするところだ。だけどやっぱり私は文字の意味を信じる。
トキは一度背伸びをしてからまたすぐにノートを開き、360度いろんな方向から書きこんでまっ黒になったメモを何枚もめくり、これまでにわかったことを自分なりに整理したページをもう一度読み返してみることにした。


寬は繁体字であり旧字体
新字体は寛
人名にもよく使われる
・寛仁大度
・外寛内明
・後漢の寛治
・寛大
・寛ぐ
・寛衣
ゆったりしたイメージ
度量という意味までは無い
内面より外観かも
↓ 図としては演繹的?

栗は簡体字であり新字体
この繁体字は慄
・慄然
・戦慄
・慄く
感情や心理
内側の状態の表出
恐怖におののく
  ↑これは違う!
反応、シリアス
安穏でない心持ち
単独で悪い印象は?
 たぶん無いと思う

であれば、この「寬而栗」を、「人に優しく自分に厳しく」「寛大だが厳しい」とすることには賛成できない。それでは子供だましの教科書だ。だからといって「ユルい統治と厳しい罰」では意味に乏しく、大人の枠にはめたおしきせの啓発に過ぎない。



わかったこと

結論1:「寬而栗」
上にあるとおり、これが「徳」のひとつという解釈はおおいに間違っている。「部下の」「上司の」などはさらに見当違いだ。団体を統べるためのリーダーシップともぜんぜん関係がない。わたしの訳は以下のとおりだ。
外観はあくまで悠悠と、取り繕うのは悪くない。しかしなにものにも過敏であるくらいに反応し、おおいに慌て震えることをなくしてはならない。(別の表現は?)→→畏れられ信頼されるために余力を演出することは自然に適う。人はこれによって出世を遂げる。しかしこれによって大切なものを人は忘れる。ライオン(見たことないけど)は決して忘れない。

結論2:「書經」
この国で古くは3000年前より、最近では600年前まで、何度も「九つの徳」(九徳)の拠り所として参照されてきた「貞観政要」という経典が大陸にあった。「書經」はさらにその原典のようなものだそうだ。成立は今から4000年も5000年も前というがこれはどうもあやしい。調査はまだ数行だが、今この段階でも、ひとつひとつの行を「徳」として解釈するには無理があるということはわかってきた。それぞれの時代、時の為政者によって都合よく解釈され、聖典の一節であるかのように祭り上げられてきただけなのだと思う。

問題の核心はどこに?
・一連の動き
 →600年前すなわち西暦2000年頃まで
・それは「徳」などではない
・議会の関与(なぜ?)
 →痕跡を消そうとしている



メモ(消すな)
もうひとつ、自分自身が東西南北を見失わないように書いておこうと思う。十数行の「カンジ」だけで書かれたこの付箋はおそらくわたしのものじゃない。初等養育園の卒業アルバムに挟まっていたものだ。とてもきれいで不思議な絵柄だったけど、ほかの子のアルバムには入ってなかったし、何かの拍子にまぎれこんだのだろうとそのときは気にもかけていなかった。だけど11年が過ぎたある日(それが半年前だ)、わたしはまったく同じものをこの目で見た。そこはPL6のストックヤードで、わたしのシフトは共用棟に送る本のピックアップだった。少し離れたところでは、何人か係の人たちが、わたしたちのものとは別に200冊から300冊くらいの本をカートに乗せて運び出していた。本が共用棟以外に運ばれるのは初めて見たけれど、なにか急いでいるようにも見えた。そのとき、カートの片方の車輪がフリーアクセスの段差に乗り上げ、積んであった本の何冊かが床に落ちてしまったのだ。それはほんの一瞬だった。落ちた本の一冊のページがパラパラとめくれ、ひとつの絵柄の薄い影がわたしの目に届いたのである。影がわたしの全身を強烈に捉えた理由はわかっている。その絵柄は、11年間わたしがある歌を口ずさんでいると必ず目の奥に浮かんでくるあの付箋のものだったからだ。わたしは落ちた本に車椅子を向けて走りかけたけど、すぐだれかに肩をつかまえられてしまった。帰りにいつもキャラメルを二粒くれる新聞コーナー専門のおじさん。「嬢ちゃんそいつはまだ早えんじゃねえかな」ってやさしい目が言っていた。係の人たちもこっちを見て軽く頷き、本を拾いながら小さく手を振った。わざと見せてくれたんだ。カートに表示された行き先は「焼却炉」。あの絵にいったいどんな罪が(私にも?)あるというのだろうか。
それが「カンジ」と呼ばれるむかしの文字らしいということは、そのあとすぐ、書棚にあった歴史の本で知った。







トキにとって、共用棟で本をひっくり返していられる時間は100%自分の内にあるものであって、それはとても充実してはいたが、しかしあまり多く与えられてはいなかった。彼女の所属している「K7」というコースが特殊なものだからである。そこは将来議員に推される予定の子女だけが学ぶコースで、学問に区切りがない。ここを修了するまでに消えてなくなるのである。初年度から2年度にかけての前過程では、(我々の言う)物理も歴史も経済も生物も、語学や哲学それに精神医学まで、普通は学問または専攻として分けられているクラスを全て学び、専攻コースよりも高い水準で修めることが求められている。しかもそれは充電期間にすぎない。本課程ではこれら一切の区分を捨て、あらゆる種類の問題に対し、この社会の淵あるいは源に向けて、すべての能力を均等に開放する訓練を行うのだ。彼女はその前過程を終えたばかりだが、今日の午後には本過程最初の講義に出ているはずだ。

【ヤヒネ教授の講義】

それは彼らにとってさぞすばらしい時代であったろうと、私は思います。実際に科学は、自然の中でこれ以上ないほどのバランスを保って存在していました。「このような付箋を添えたとすればそれは神以外にはあるまい」とファウストを引用し讃えられるほどでした。しかし、科学者がこの夢のうちに20世紀を迎えていたそのころ、地獄の底からじわじわと湧き出してきた黒い石油のような一連の現実が、それまでの自然科学があまねし世界の法であると信じて疑わなかった人々に強烈なノックアウトパンチを喰らわすことになります。「一義的に」「ユニークに」「絶対的に」などという自信満々な副詞を、単独では恥ずかしくて使えないくらい貧弱で寄る辺のない単語に変えてしまったのです。
一方、この事件の200年ほど前、2つの不思議な数の関係が既に見出されていたことは皆さんご存知のとおりです。互いに互いを言い当てるという「世界に割り当てられた2つの数」のことです。もちろん20世紀初頭の一連の事件にはなくてはならない数です。実は、この講義の根本をなすのはひとつの単純な論です。それは、20世紀初頭に至る200年間の科学史と、現代人のこの600年の意識の変化とが、本質的には非常に似通った現象だということです。私が「現代人の変化」と言うのは、我々が一定の場所や時刻に留まったままでは自分を正確に言い表わせなくなってしまった、そのことです。
さて、今日はまず、皆さんには作文をしてもらおうと思っています。これまで皆さんが培ってきた知恵や磨いてきたセンスを総動員して、できるだけ正確に自分を説明してみてください。言語は問いません。ただ、ひとつだけ条件があるのです。その条件とは、場所と時間に関わる表現を一切使わないこと。それだけです。







車椅子が回転してバスのいつもの席に収まると、床と同じ高さに揃ったリフトのエアバルブから圧搾空気の抜ける小さな音がした。ほとんど何の衝撃もなくバスは動き出し、窓の外は乾いた黄色い風に染まっていった。今日は疲れた。付箋の解明は頓挫したままにっちもさっちもいかなくなっているし、そのせいでお昼ごはんも食べられなかった。それにヤヒネ教授のあの講義はいったい何だったのだろう。まわりのみんなは何かごそごそ書いていたけど、私はまるで魔法の手枷をはめられたように(足はもともと動かないけど)、ひとつの文字すらも書くことができなかった。私はまた行動だけが先走って、何かが追いついていないのかもしれない。トキはジャンパーを羽織った肩を両手で抱いたまま、特別区に住む8つ上の従姉妹のことを思い出していた。今日も白紙の原稿用紙に向かったままで、響くのはタキ姉の声ばかりだった。



「こんなものはただのヒステリーね。報道だって半分はそんなおマヌケな嫉妬を食い物にしてやっと生きているだけよ。お金持ちがうらやましいとか威張っているのが気に入らないとか、そんなものは800年前にはっきりと定義されて分離されたはずの感情だし、脂っこいジジイやギャアギャアわめく女が嫌いだとか、それだって人間として別に評価されるべき一部分に過ぎないわ。ただ法を犯しているならそれは別に処理しなきゃならない。でもそんなことを切り離して考えてごらんなさい。もし糾弾する相手がとても賢い若者でどんな努力も厭わない強くて優しい人だったらどう? ちゃんと政策や行政を切り出して提起していたなら、運動になんてなる前に正しく議論が沸騰してるはずでしょう?」

「わかるけど..だけど議論が必要でも声が届かないことってあるじゃない」

「順番待ちの山に埋もれたなら、じっとまわりを観察してその理由を考えなさい。門前払いされたのなら正しいルートをさかのぼること。これは選挙のことじゃない。人の能力には旬も限りもあるからね。守られている仕組みには守られるだけの理由がある。例えばある街で10年続いた仕組みなら今はもう何万人もの人の暮らしがそこに乗っかっているかもしれない。その上で汗をかいて働く人には家族があるし、家では陽だまりの縁側でバアちゃんが赤ん坊を抱いてうたた寝してる。いきなり仕組みを壊すということはその膝に掛けられた毛布を問答無用で引き剥がすということなのよ」

ちょっと待ちなさいよ、と、いつものとおり割り込んできたのはタキ姉の下宿のおばさんだ。背も高いが顔も体もパッツンパッツンで体重なんか私の倍はゆうにある。タキ姉の唯一敵わない相手だ。姿かたちは全く違うのにこの二人はとても似ている。
「あんたはそう言うけどね、それじゃあんまり一方的過ぎやしないかい。バアちゃんの抱いた赤ん坊だって将来正しい仕組みになればその上でいっそう幸福になれるんじゃないか」
ほら、まるで弁証法みたいに聞こえる。

「だからこそ、よ。どこの誰のどの時刻を切り取って幸福を評価するのか、その議論が圧倒的に足りないと思うの。おばさんが言う "正しい" っていう言葉だってそこを限定しなくちゃ意味がない。5000年前に誰かが言っていた「美のモデルと同じように社会で共有している善のモデル」、そんなものはどこにも無い。幸せとか不幸とか、困ってるとか正しいとかって、場所と時刻で切り取ってはじめてなんとか秤の上に載るものよ。秤に載ってはじめて、そこからが人対人の議論と言えるんだわ」

「人対人の議論ってあんた、まさかそんなものが可能だって考えてんのかい。前の政務官もソビスタも、今の連中だって、結局は不満を広くすくいあげて真ん中くらいの行動を起こすことしかできてなかったじゃないか。あたしにゃあとにかく、働く、食べる、考える、動く、食う、それでいいと思えるけどね」
ん?「食べる」が2回出てますが。

「それはそうなんだけど。でもこれは行動者か認識者かと言う問題でもない。その土台になっている魂の質のようなものだと思う。たとえばよ、環境を自分の尺度で一方的に評価しはじめると、気に入らないものが無数に見えてくる。それが自分の力を超えていれば今度は自分に接するものが自分に都合よく変わってほしいっていう強い願望を持つようになるわ。そうやって評価の方向と自分の力とのバランスを失い、自分が理解できないことは身のまわりから一切排除して、外から自分のほうに向けてアクセスしてくれることだけを求めて小さな策を弄し続ける人間、それが体の一部になってしまった人間はいつも一定数存在する。そんな成長を止めてしまった不機嫌な魂が発する短いセンテンスには独特の抑揚があって、決して人に美を成すようなものではないことは誰もが感じているはずよ」

「そりゃあんたの言っていることもわからなくはないさ。だからってまさか人さまの魂を評価するなんて、そんなことあんたはともかくトキにはさせられないね」

「あら私ならいいってどういうことよ。まあでも、私にも答はないんだと思う。そういえばトキは赤ん坊のころ、母さんが少しでもそばから離れると、もうこの世の終わりかっていうほどの声で母さんを探してよく泣いたわ。私はあるとき思ったの。いまこの瞬間のこの子の望みって、将来のどんな約束よりよほどかなえる価値のあることなんじゃないかしらって。今でも私は赤ん坊の泣き声を聞くたびに考えてしまうのよ」

あ、そうだ、そうやってわたしの話になったんだ。そのあとわたしは甘えん坊だとかオネショがどうとかさんざんいじられて耳まで真っ赤にしてたはずだ。まったくもうこの二人ってばデリカシーに欠けるんだから。でもそれ以外の話題だったら、タキ姉の声はいつ聞いても気持ちがいい。わたしみたいな子供にだって、全力でいろんなことを話してくれる。どんなことにだって全部の責任をたったひとりで負うつもりなんだ。それはわたしにもわかる。わたしがあんまりねだるので経済について話してくれたときも、口角から泡は飛ばなかったけれどツバくらいは飛んでいたと思う。そしてわたしも例えば社会のしくみに関する疑問をこんなふうに仮にノートした。「仮に」というのは、100%納得してはいけないと始終タキ姉に言われていたからだ。おかげで塗り潰したり書き加えたり貼り付けたり、すっかり汚くなってしまったけど。

私たちはその前後に生産されたものを分配して生きるしかない。何十年も朽ちずに残るものを除けばだけど。たとえばお年寄り(タキ姉はジジババって言う)は昔貯めた貯金や年金であたりまえのようにごはんを食べているけれど、それは今の労働者たちの生産を切りとっているということ。現代のお金というものはそもそも幻想だ。だからこそ機能する。お金という幻想があって、その上に貯金や年金っていう手段があるからこそ、労働者はいま自分に必要である以上のものを喜んで生産し分配するのだ。お金を使うのは物と物の交換だし、お金を貯めるというのは今は要らないからあとでなにか頂戴ねというお願いだ。でも本当はお金なんてあっという間に紙くずになる。戦争や大災害があればもちろん、そうでなくても多くの人の意思が揃えばどうにでもなる。物価が上がるように制度を整理したり、新しくお金を印刷したりするのがそう。ただそういうのは少しずつ。いっぺんに紙くずになるかもしれない一番の要因は労働者が働かなくなること。物が足りなければいくらお金があっても買えなくなるからお金に価値なんかなくなるという道理だ。そんな頼りない仕組みだけど、私達は長いあいだ他にうまい方法を見つけられないでいるのだ。すべての人が同じように認めるゆるい約束で数が決まっているものってなんだろう。例えば自分の生活に関わってくる人の数とか、その時々の社会と自分との接点の数というのもお金に代わりうるだろうか。電話番号とかどうだろう。今日の仕事はうまくいって5電話番号もらったけど高級レストランで2電話番号も使っちゃった..とか。
ーーーちょっと修正すべきところはありそうね。

みんながお金を信用しなくなったらどうなるの?って、私はタキ姉に聞いたことがある。

「そうね。いっときは「社会共産主義」なんてこれも小手先の方法で踏みとどまるかもしれないけど、それもすぐに崩壊してたぶん衣食住とエネルギー/安全/衛生以外の生産は一旦消えるわね。そして、田畑や水に加えて燃料や武器をたくさん確保できるパトロネと地域を中心にクリアンテスが集まっていくつものコロニーが成立するかもしれない。たとえばブロンズや鋼など錬金の知識が残っていれば、農耕と戦争を糧にした首長制の部族か、それは初期の都市型社会って言えるかしら。トルアやミカネアとの大きな違いは、そこでは隣人への好悪や飢えへの恐怖といった選択の認識をすべての人が持っているはず。暴力による支配っていう誤解じゃなくて。だけどまだそれから何十年か何百年かは、領域国家や交易のしくみがまた安定を取り戻すまで、よりよく生きたいっていう欲望の渦の中でたくさん人が死んでゆくと思うわ。実際何百年か前まではこの星のあちこちにそういう場所ができたり消えたりしていたのよ」

「今そうならないってことはみんなダマされてるってこと?」

「たしかに19世紀から20世紀にかけてはそういうこともあったかもしれない。その頃はおそらく魔法みたいな通貨の力が過半数の市民の知性を覆いつくしていた。ある人はその力をほとんど盲目的に信じ、ある人は自分が死ぬまでの「勝ち逃げ」を願い、そうやって舞い上がった人たちをどう働かせるかが政治のテーマだった時代があった。でも今はもうそうじゃない。誰もが幻想だとわかっていて、でも必要であることを知っている。いまのところはそっと微調整を繰り返すことが自分や家族それに積み上げてきた文化を守る唯一の方法だからよ。それはもう「従属して強制される選択」ではなくて「自立した個人の創造の限界」だわ。でもたまにそんなことさえ理解していないバカどもがぎゃあぎゃあと黄色い声で、"金儲け" だの "国民のため" だの "責任は誰が" だのって騒ぎ立てる。社会主義とか資本主義とか絶対主義とか自由主義とか、硬直化したイデオロギーなんてもう何百年も前に枕を並べて討ち死にしたのに、まったくあのお間抜けぶりには涙も出ないわね。今度道でみつけたら踏んづけてぎゃふんと言わせてやる」

タキ姉を怒らせたらどんなことになるか、知らない方が悪い。こんど道で誰かがぎゃふんって言っても、わたしは何も見なかったことにしよう。

「これは役に立つ定理だから覚えときなさい。善人ぶってお金を否定する人間ほどお金が好き。やつらときたら、お金は単なるツールだってことも、信用のおぼろげな拠り所に過ぎないってこともなにひとつ理解できてないのよ。あーもう考えるだけで腹が立ってくる、だれかのクビを締めてやりたい気分だわ!」

てかもうずいぶん前から怖いんですけど。こんど目の前でだれかがクビを締められても、わたしは他人のフリをしていよう。



そういえば、恐怖のマンツーマントレーニングに耐えたおかげか私の1年次の社会概論のレポートはなんとかB+だった。序論はこんなだ。ちょっとパクリ感はあるけど悪くないと思うのに。これからとろうという授業に「興味ない」はやっぱりまずかったかな。

...、このように分業と信用を積み重ねた現代の文化は、そこに住む私たちに(おしなべて、ではあるけれども)心の平安を与えてくれている。経済はそれを代々引き継ぐ為にくりかえし試される治水工事のようなものだ。きのう開いたダムの水門を出た水は、明日は期待どおりに肥えた土を巻き込んで下流の平野を満たすだろう。だがこの水が実際どのように使われたのかについて、正直私はあまり興味をもっていない。水は必ず蒸発し雨となって流れに還りまた下流を潤すことになるからだ。洪水や渇水も、過度の人工的な治水も、タイムスパンを広げてみればともに振幅の限られた振動でしかない。振幅の谷でも十分に生きてゆくことができて、でも振幅の頂を高くする活動は幸せであるというその幻想が、いま我々が引き継いできている文化だ。小競り合いではあってもそれは人間の本質を陥れる性質のものではない。もちろん我々はいまだにこの流れを看破することはできないままでいるのだけれど、それが人の生や尊厳とは異なるページに書き留められる技術的な日誌に過ぎないということは知っている。例えばそこに支流を掘り、むかえ水を借りてきて水をひき、そして農民が働き、畑のおかげで雨が降って貯水池を自前で準備できるようになったとき、お返しにこれをまず誰に使ってもらおうか。あるいは下にまた新しい支流を掘って新しい果物を植えようか。でも支流の水位は一旦落ちてしまうと何年か流れてこなくなるかもしれない。このような問題はきわめてテクニカルな考察なのだ。実行に行政府を戴いて安心するか/自ら考え行動して満足するかの間を行き来する目盛とも、リソースの属性や格差に関する課題とも、まったくの別次元にこの問題は存在している。そしてこの技術的な問題を解くにあたって我々が恐れなければならない深刻な結果はふたつ、雨が降らなくなることと、雨がずっと止まないことである。
(トキ・ルウロ)